豊かさって、なんだろう

隠れ里ひとよし

はじめてなのにどこか懐かしい、
全ての日本人にとっての原風景

日本でもっとも豊かな
隠れ里「ひとよし」

歴史

「温故知新の到達点」

人吉・球磨地域を治めていた相良氏は、急崚な山地に囲まれた地理環境を活かすことで外敵の侵入を拒み、安定した治世を築きました。鎌倉、室町、戦国、安土桃山、江戸、明治と時代を経るにつれ千変万化する世の中にあって、相良氏は日本史上でも稀有な700年にわたる長期政権を維持してその地脈を守り抜いてきました。その所産として、人吉・球磨の地域内には相良氏に関わる各時代の文化財が蓄積され、また、貴種性に富み文化を受け継いでいくことにつながったのです。

民衆の文化を大切にし、民衆とともにまちづくりを進めた相良氏。その結果、上下の別なく相手を思いやる気風が人吉・球磨に広く根付きました。仏像をはじめとした仏像美術や古社寺建造物社寺や仏像群、神楽などの地域文化を今日まで大切に守り続けてきた背景には、そうした人々の心根が大きく関わっています。

その一方、交通の結節点でもあった人吉・球磨地域は、言い換えれば多種多様な文化の交差点でもありました。これらを吸収することにより、人吉・球磨では独自の食文化や遊戯を練り上げています。

守るべきものを守りながら新たなものを取り入れる。その昇華を、司馬遼太郎は著書のなかで「日本でもっとも豊かな隠れ里」と表現しました。保守と進取。相反する精神の同居は、外来文化をうまく取り入れた日本文化の縮図でもあります。その在りようを現代に見ることができる地域特性が日本遺産認定につながりました。

伝統に立脚しながら新たな商品を開発する。私たちの気風こそ、この地で積み重ねられてきた願いそのものなのです。

固有の文化

「大いなる恵みへの感謝」

石高僅2.2万石の人吉藩は、とても小さな藩でした。しかし、豊富な水資源に恵まれ、隠れ里と称される地形であったため、実は領土に広大な田畑を隠しもっていたといわれます。現代も多くの人に愛されている「球磨焼酎」は、隠し田の余剰米を活かすため藩を挙げて製造を奨励した産物なのです。

そんな豊かな隠れ里は酒の席も賑やか。「六調子」などの地元民謡で皆が唄い踊り、じゃんけんのルーツといわれる「球磨拳」を繰り広げては、敗者が盃の焼酎を飲み干して盛り上がります。戦国時代に南蛮からもたらされ、幕府によって一切の遊興が禁じられた後も人吉・球磨にだけ娯楽として残った「ウンスンカルタ」は、この地の独自性を表す象徴ともいえるでしょう。

武芸奨励や士気鼓舞のために行った「臼太鼓踊り」は伝統芸能として残りました。現在でも祝事や祈願、普請などの際、太鼓と鉦が交互に打ち鳴らす仕手の乱舞をみることができます。

古式をとどめた「球磨神楽」は、優雅に、時に荒々しさを見せながら、約2ケ月間にわたって人吉・球磨の各神社の各神社に奉納されます。そうした奉納祭のハイライトに位置づけ「赤飯、煮しめ、つぼん汁」という昔ながらの郷土料理が供され、無病息災を願って子供の頭を獅子に噛んでもらう風習が今なお受け継がれています。

どこよりも豊かな地域に生まれ育ち、誰よりも感謝の祈りを捧げてきた私たちだからこそ、この環境による恩恵の蓄積を受けとめ、新たな商品を通じて感謝を表現することにしたのです。

ひとよしの四季

四季折々の豊かな表情を見せる隠れ里の自然をご紹介します。

アクセス

車でのアクセス(高速道路利用)

福岡IC 人吉IC 約2時間

長崎IC 人吉IC 約3時間

熊本IC 人吉IC 約1時間

宮崎IC 人吉IC 約1時間15分

佐賀大和IC 人吉IC 約2時間

大分IC 人吉IC 約3時間15分

鹿児島IC 人吉IC 約1時間15分

近隣空港よりアクセス

鹿児島空港 高速バス(きりしま号) 人吉IC 約50分

阿蘇くまもと空港 高速バス[ノンストップ]なんぷう号利用 人吉IC 約1時間50分

阿蘇くまもと空港 スーパーばんぺいゆ号(新八代駅乗換)B&Sみやざき号 人吉IC 約1時間50分

鉄道利用の場合

博多駅 新八代駅乗換 人吉IC 約2時間30分

熊本駅 (肥薩線) 人吉IC 約1時間40分

高速バス利用の場合

福岡市からお越しの場合  高速フェニックス号(博多駅バスターミナル) 人吉IC 約2時間30分

熊本市からお越しの場合  高速きりしま号 人吉IC 約1時間40分

宮崎市からお越しの場合  B&S みやざき号 人吉IC 約1時間45分

鹿児島市からお越しの場合  高速きりしま号 人吉IC 約1時間40分

新八代駅からお越しの場合  B&S みやざき号 人吉IC 約40分